Miholly Times

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インターナショナルスクールで経験した多様性をつくる6つのポイント

こんにちは、みほーりーです。

 

前回の記事では、ブレイディみかこ著の「ぼくはイエローでホワイト、でもちょっとブルー」を読んだ後の感想を紹介させて頂きました。

 

miholly.hatenablog.com

 

みほーりーは小学校から中学時代を欧州のインターナショナルスクールで過ごしましたが、本の感想を書いている中で、私が経験したインターナショナルスクールでは多様性がどのように成り立っていて、それが自分にどんな影響を与えたのか振り返って考える機会にもなりました。

 

そこでも気づきが少しでも誰かが多様性について考えるきっかけになればとおもったので、この記事を書いていきますね。

 

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インターナショナルスクールでの経験から考える多様性 

 

みほーりーは、欧州のインターナショナルスクールに幼少期(小学校~中学校)に通っていました。

 

ただ、インターナショナルスクールという環境は、「ぼくはイエローでホワイト、でもちょっとブルー」の元底辺校のように生徒の中でも目立った収入格差があったり、それによる根深い葛藤があるというような環境ではありません。

 

ただ、世界各国からの個性豊かな生徒が集まり、多様性には恵まれた環境で学んでいたと思いますので、どんな要素がそうさせていたのか、考えていきたいと思います。

 

目次

  1. 先生と生徒、お互いに向き合う環境
  2. グループの議論に貢献をすること
  3. 評価されるのは正解よりも考え方 
  4. 人への評価は公正にオープンに
  5. 社会が子供を育てる
  6. 教育のタブーはない
  7. まとめ

 

先生と生徒、お互いに向き合う環境

 

クラスは基本的に10-20人ほどの少人数で、机の並びもみんな前に向いているわけではなく、生徒同士の机をくっつけて4人グループだったり、先生を囲んでコの字だったりすることもよくありました。

 

こうすると各生徒と先生との距離も近くなりますし、生徒もお互いに目を合わせやすいので、自然と双方向のディスカッションが生まれます。

 

もちろん、先生から質問されることは当たり前ですし、何かの議題があってらグループワークでディスカッションするというのは、基本的な授業の進め方だったので、自然とクラスの誰がどんな考えを持っているかを共有できる環境だったと思います。

 

こういう状況だから、授業中に居眠りをするということはあり得ませんでした。常にだれかに見られている、自分は誰かに関心を向けられているという状況だったので、「サボる」ということはクラスのメンバーへの無関心、クラスへ貢献を放棄しているような感じがして、当時はそれをしようとは思いつきませんでした。(日本帰国後、高校の学校形式の授業ではしばしば居眠りしてしまったが。。笑)

 

先生も生徒も個人としての義務として、その場に参加しているような、意識といえるかもしれません。

 

グループの議論に貢献をすること

 

重要なのは自分の考えをきちんと言葉にして相手に伝えられること、そしてそれが相手なりグループの議論に建設的に貢献することかなと思います。そのためには、ちゃんと準備をしておかなければなりません!

 

忘れらないのは、歴史(小6くらい?)の授業で、突然先生にあてられた時、、

 

先生   「みほーりー!皆に冷戦(Cold War)は何か説明してもらえますか?」

みほーりー「(やばい)、えーと、アメリカとソ連が直接ではないけど、

      間接的に戦っていた戦争です。直接ではないので、ミサイルとか

      戦闘機とかではなくて、経済面や同盟国を通じて戦っていました。。。」
先生   「アメリカとソ連は、どういうイデオロギーをもっていたのかな?」
みほーりー「。。えーっと。」
先生   「他にわかる人はいるかな?」
生徒A   「はい、アメリカを中心とする資本主義とソ連が中心の共産主義

             2つの陣営に分かれて対立していた戦争です。それは・・」

みほーりー「。。。」

 

クラスに貢献するどころか、自分が理解していないことをさらけ出す結果となって、その時はとても悔しくなって、その後は一生懸命足を引っ張らないよう勉強に励むことになりましたよ。。。!

 

また、グループへの貢献で思い出すのは、同じく小5の歴史の授業でアメリカ史を学んでいた時のことです。先生が学んだ歴史のシーンをボードゲームにしてみようというグループワークの課題を課しました。

 

みほーりーのグループでは、アメリカ独立戦争の初戦となったレキシントンの戦いをテーマにすることにしましたが、ではそれをどんなゲームにしていくかです。

 

そこで、民兵が迫るイギリス軍から守るというコンセプトで、日本で流行っていた割り箸ゴム鉄砲を使ったシューティングボードゲームはどうかなという提案をしたところ、みんなにいいね!と言ってもらって実行することになりました。

 

それをグループで発表した時は、一番楽しんでくれたのは先生!

 

その後、みんながほかのチームのゲームを遊んでみて、どれが一番よかったか投票するのですが、その中でなんと一番を獲得できました。

 

自分が出したアイデアがグループに貢献できて、評価をされたというとても嬉しい出来事でした。他のグループのすごろくや、カードゲームなど様々なアイデアがあって、興味深かったのを覚えています。

 

国籍も宗教も皆違いますが、自分の考えを伝えて、お互いに認めあって、建設的にディスカッションを進めていく。これは多様性の実現に向けた大切なステップではないかなと思います。

 

評価されるのは正解よりも考え方 

 

インターナショナルスクールでの勉強で重視されたのは、正解というよりも、なぜ「正解」になるのかという「考え方」が問われていたように思います。

 

それが、よく表れていたのが試験問題です。

 

例えば、理科のある授業の期末試験での問題は、A4 4枚で問題も4問のみ。細胞分裂の段階を説明するとしたら、それを並び替えでも、穴埋めでもなく、文章で論理的に記述する必要があります。これがきちんとできていれば、細かい点でミスがあったとしても

ちゃんと加点をもらうことできました。日々の勉強も知識を暗記というよりは、ある出来事や現象がなぜ起こったのかということ、説明できるように勉強をしていたと思います。

 

ただ、それでも、色々な授業でキリスト教に関連した議論もありましたが、これについてはバックグラウンドが皆無ですから、どうやってもうまく説明することができず苦戦した記憶があります。(当時はクラスのほとんどがカトリックか、プロテスタントでした)

 

宿題もユニークでした。みほーりーは理系は得意でしたが、歴史や文学が苦手でいつも試行錯誤。その中でよく覚えている宿題が、イギリスのオリバー・クロムウェル

圧政政治下(17世紀中頃)のイギリスへ1週間を旅をする商人の日記を書くというもの。

 

これを書くために、当時の重い空気感や言論統制されている雰囲気とかを色々と想像を膨らませながら、7日分のエピソードを考えて抜いて提出しました。すると、なんと「A」の高評価を初めてもらうことができました。練りに練って書いた「考え」が評価されたこと、それが不得意分野だったこともあり、何倍もうれしかったのを覚えています。

 

知識は時間が経てば忘れますが、考えたこと事体のプロセスは頭に残りますし、それは次の考えにも応用がきいてきます。現に20年位前の出来事でも、みほーりーの記憶にもよく残っています

 

考えを伝えること基本として求められる社会なら、より円滑にお互いをわかり合うことができると思うし、正解のない問題への理解も進むのでないかなと思います。

 

人への評価は公正にオープンに

 

学校では季節毎に部活がありますが、そこでも指導するコーチは生徒のことをよく見て評価をしていました。

 

みほーりーは春の部活として陸上クラブに入っていました。中・長距離走ではじめはなかなか早く走れなかったんですが、アドバイスをもらいながら練習を重ね、1500mでシーズン中に30秒の大幅にタイムを縮めることができました。そして、そのシーズンでの大会では、同年代で3位のメダルを取ることができました!

 

シーズンが終わると、生徒の保護者も招待した学内表彰式が開催されます。その時にコーチ、生徒一人ひとりを保護者全員の前に呼び、その生徒がシーズンで何を頑張って、どんな成果を残したのか、丁寧に紹介をしてくれました。みほーりーの場合は、タイムを大幅に縮めた努力ということ大勢の前で話してもらい、それがとても嬉しくて自信になったのを覚えていますよ!

 

もちろん、褒められるばかりではありません。

 

みほーりーはバンドにも入っていて、その時はクラリネットを吹いていました。ただ、その時はバンドよりもスポーツの方に関心があり、あまり練習ができていません。

 

そんな中、演奏練習の初めに先生が課題曲のパートを一人一人弾くように求められ、私は練習不足で細かいところでつまずき、うまくできませんでした。その後、同じクラリネットの別のメンバーは難しいパートを上手に演奏。

 

先生は全員の前で、彼が日々努力をしているから演奏できているということを伝え、その場でそのメンバーを上級クラスへ進級させました。私も上級クラスへのあこがれがあったので、「しまったぁー」とかなり悔しい思いをしましたが、公正な場で自分の努力と成果を評価されるのは仕方がないと納得せざるを得ませんでした。

 

真剣勝負の場では当たり前かもしれませんが、学校でもこうした公正な評価があることは、だれでも頑張りが認められるということ。それは、多様性のある社会にとってはとても大切なことですよね。

 

社会が子供を育てる

 

子供のモラルや道徳は、家だけではなく学校は街でも教えられました。

 

よく覚えているのは、小学生のとき、みほーりーの友達がいたずらをして、たまたまその場に通りかかった校長先生にその場で怒られるということがあり、その光景をみた私は、クスと笑っていました。

 

それを見た校長先生はすかさずこちらを向いて、冷静に指摘。

 

「みほーりー、あなたはこれが可笑しいと思うの?

 可笑しいと思うなら、その理由を説明しなさい。」

 

その時は、私はしまったと思いつつも、理由をまともに説明できず、ただ、友達と校長先生に謝るのみ。。

 

その後、校長室に呼ばれ、相手の気持ちに立って思いやること、自分でも同じ過ちを起こす可能性があること、もう人の過ちを笑わないことを説明されました。

 

この時のことは今でも鮮明に覚えています。

 

学校でけではありません。

 

放課後、自宅へ向かうバスに乗っていたときのことです。みほーりーは席に座っていたのですが、たまたま足腰の悪そうなおばあちゃんがのってきたので、席を譲りました。

すると、ふと目の合ったおじさんが、「グッジョブ」と親指を立ててくれて、良いことをしたら誰かが見ててくれて、それを良いと言ってくれるというのが、嬉しかったですね。

 

やったことに対して、社会的に良いことなのか、悪いことなのか、周りの大人がみまもってフィードバックをもらいやすい環境でした。もちろん、悪いことをして叱られるその時は凹みますけどね!

 

教育のタブーはない

 

重要だけども直接的に教えられてないということは色々とありますよね。例えば、インターナショナルスクールでは、例えばセックス・妊娠・避妊というような性教育も授業の一環として教えられました。避妊具についてそのサンプルを授業で教わったり、同意のないセックスは絶対にしないなど、あまり普段家でも教えられないことだから(日本だけ?)、生徒も真剣でふざけたりする人もいません。

 

他にもドラッグについて、ドメスティックバイオレンスについて、差別等、実際にその問題に関わっている方を招待して、生の体験話などを語ってもらったり、捜査をしているときの映像を見たりします。

 

大抵、この授業の後にはこれらのテーマについてのディスカッションが行われ、自然と生徒間でも普段からコミュニケーションをとるようになります。 こうした国よって価値観が異なりそうなテーマは触れないでおけば、どこかですれ違いが生じ、時には深刻な摩擦になってしまうかもしれません。

 

まず事実を正しく教え、その上で子供たち主導で、これにどう立ち向かっていくかというディスカッションをさせるのは、多様性を目指す社会では必要なことだなと思います。

 

まとめ

 

ブレイディみかこさんの「ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー」を読んだことをきっかけに、自分の幼少期のインターナショナルスクールで経験したこと振り返る機会があり、その中でみほーりーなりの多様性の要素についてまとめてみました。

 

これはみほーりーにとっての考えであって、多様性は文字通り、人の数だけ価値観があることだから、みんなが感じることは違って当たり前だと思います。大事なのは、オープンに公正にコミュニケーションと議論を積み重ねていくことによって、その社会での多様性が育っていくのではないでしょうか。

 

ここで書いたからといって、みほーりー自身もこれが実践できているわけではありません。むしろ、欧州から日本に帰国した後は、日本でのアイデンティティーに悩むこともありました。これは、またどこかの機会で記事にできたらなぁと思います。

 

これからは日本もグローバル化や人口減によって更に海外の方と接する機会も増えて、多様性が求められる社会になっていくことは間違いありません。多様性といっても海外/日本の軸だけじゃなくて、日本の中だけでも考えることはたくさんあるはず。

 

普段あまり意識することがなかったかもしれない多様性について、皆で考えてみませんか?

 

それでは、また(^^)/