Miholly Times

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古代ギリシアの最強の戦闘集団、スパルタ人。その一生と運命について。

こんにちは、みほーりーです。

 

私は歴史小説を読むのが好きで、中でも古代ギリシアが特にお気に入りです。特に、塩野七生さんの小説が大好きなのですが、その中でスパルタ人の生き様が非常に印象的に描かれていて、すごく興味を持たされました。今回は少し趣向を変えて、みほーりーが大好きな古代文明の歴史について触れてみたいと思います!

 

よくスパルタ教育って言いますよね。受験前とかに一切妥協を許さず厳しく指導される様子のことです。これだけ聞くと、スパルタ教育に対して結構ネガティブなイメージを持っている方は多いと思います。

 

この記事では、そんなスパルタ人についての紹介と、みほーりーが考える古代における彼らの活躍がどうして私たちに影響をしているのかということを紹介したいと思います。ちょっと書きたいことが沢山あるので、二回に分けて書いていきます。最初の記事では、スパルタ人とは誰かということと、彼らの壮絶な人生について紹介します。

 

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スパルタ人とはどんな人たち?

 

古代ギリシアの時代に都市国家として繁栄したのがスパルタです。文化と経済交流を強みとした繁栄したアテネに対して、スパルタは徹底して武力強化を中心として両者で競争を行いました。ここまで性格が異なるのは興味深いですよね。ただ、古代文明ということで、今の私たちが当たり前と思うような常識や前例がない中だとしたら、全く違う統治方法が生まれるのは自然なことかもしれません。

 

スパルタに住む人は、スパルタ人を含む3つの階級に分かれていました。

 

スパルタの階級

① スパルタ人

② ペリオイコイ

③ ヘロット

 

政治に関わり市民権があり、戦士として都市の防衛や他都市国家との戦争を行うのはスパルタ人のみ。ペリオイコイは、スパルタ人が必要とする物資を作ったり調達する人々で、戦争時には補助戦力として参加。ヘロットは奴隷とまではいかないものの、スパルタ人に保有される農奴として農作業と牧畜などに従事するが、市民としての権利は認められなかった。

 

スパルタの頂点に立つのは王ではあるのですが、実はこの王が権力を発揮するのは戦争の時のみ。主な、政治的な判断は5人のエフォロスという既得権益を持つ集団に集中していました。スパルタの歴史における大きな決断事はエフォロスの手腕にかかっているわけではありますが、彼らの特徴は現状維持を何よりも優先する超保守的な考え方。一時期繁栄を極めたスパルタであっても、最終的にエフォロスを中心として統治に翻弄されて、波乱を運命を辿っていきます。

 

スパルタ人の壮絶な一生

 

まずは、今でもスパルタ式と語り続けるほどに、壮絶なスパルタ人の人生について紹介していきますね!

 

① 生まれた瞬間からの選別

 

スパルタ人は子供が産まれると試験官であるエフォロスからの身体の丈夫さなどのテストを受けます。もし、この時に何らかの障害があるようならばペリオイコイやヘロットへの格下げが行われたり、重度であればそのまま崖の下から突き落とされることになります。。

 

② 戦士としての訓練から最終試験まで

 

試験を合格した赤子は7歳までは家族のもとで過ごすことが許されますが、その後は集団生活の中でひたすら肉体の鍛錬と戦闘術について訓練していきます。簡易な宿舎の地べたに自分で寝床を作り、食事もパンと水に肉の塊が浮いたようなスープのみ。こうした、劣悪な環境と訓練にも絶え抜いたものだけが「スパルタの戦士」となることができます。

 

20歳になると、最後の試験を迎えます。その試験とは、最低限を武具を持っただけで山野に放り出され、7日間生き抜かなければならない。この間は、自分で狩りをするか、ヘロットから家畜を盗むかして、食料を確保しなくてはならない。また、7日後に寄宿舎に戻るときは、ヘロットを一人殺してその首を持ち帰らないといけないという過酷な義務もありました。これをすべて乗り越えたものがスパルタの戦士となります。

 

③ 最強の戦闘集団として生きる

 

スパルタ人の戦士となって寄宿舎での集団生活は30歳まで続きます。その後は妻や子供と家で過ごす事はできたようですが、それでも夜になると寄宿舎に戻って寝なくてはならなかったようです。戦士としての60歳までが現役でしたので、そうすると7歳からほぼ人生の大半を仲間の戦士と過ごすということになります

 

この集団生活が最強の戦闘集団スパルタの力の源でした。もちろん個人として戦闘能力も優れていますが、最大の能力を発揮するのが集団としての軍隊になったとき。阿吽の呼吸で仲間と連携する様は、スパルタ人重装歩兵団をギリシア最強を言わしめることになりました。

 

スパルタの繁栄から衰退まで

 

ライバル「アテネ」との対立

 

古代ギリシアの世界で、数多の都市国家の勢力を二分していたのがスパルタアテネ。政治・文化・軍隊まで互いに異なる性格を持ち合わせるこの二国はライバル関係をもち、それぞれギリシア都市国家の派閥を作り上げて絶えず競争をしていました。

 

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ペルシア戦争での共闘

 

ギリシア内での戦争に終始していたスパルタとアテネですが、彼らを中心としたギリシア都市国家が連合を組み一丸となったことがあります。それは、ギリシアの西部のから侵攻するペルシア帝国に立ち向かうため。ペルシア帝国は今のトルコ〜中近東〜エジプト〜パキスタンの全域を支配した地域最強の大帝国で、常にギリシア支配下に置こうと虎視眈々と狙っていました。

 

こんなに強大なペルシャ帝国(ギリシアは左の端)↓

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引用:Wikimedia Commons

 

圧倒的な強力な侵略者に対峙するため、敵同士が一時的に仲間として手を取り合い立ち向う、というのは歴史として読むだけでも中々熱い展開ですよね!

 

二回にわたるペルシア戦争ではスパルタも大きな貢献をして、特にテルモピュライでの戦いは今でも語り継がれるほど、スパルタ人の強さと戦士としての生き様を示しました。みほーりーはここでのスパルタ人の活躍がなかったら、今の世の中も全く違う様子になっていたんじゃないかなと思います!<この部分は別に記事にして紹介したいなと思っています!>

 

結果的に勝利を収めたギリシア連合軍は、ペルシア帝国という敵を退けた中、急速に繁栄を極めていきます。

 

ペロポネソス戦争による決着

 

ペルシアというギリシア共通の敵がいなくなった中、ギリシアはまた都市国家同士が果てしなく争う状況に戻ります。(いつになったら平穏が訪れるのか。。)

 

アテナはペルシア戦争後にエーゲ海を取り囲む都市国家デロス同盟を築きます。アテナの強大な海軍力を持って、エーゲ海制海権を確保し、その支配下の中で同盟国との経済や文化発展を進めていきます。この時期が、ギリシアの文化が最大限に華開くアテナを中心とした黄金時代と呼ばれることになります。有名なペリクレスの統治によってギリシア文化が華開いたのもこの時期。(アテネパルテノン神殿とか立派ですよね!また旅行に行きたい!)

 

これに対して、スパルタはペロポネソス半島を中心として近隣諸国を軍事力を背景に次々と軍事同盟ペロポネソス同盟)を築いて、アテナへの対決姿勢を鮮明にします。こうして、アテネとスパルタの間に27年間も続くペロポネソス戦争を勃発します。

 

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黄金時代を迎えていたアテネですが、籠城中に最中に疫病に見舞われ人口の3分の2が無くなり、偉大な統治者であったペリクレスも犠牲になりました。こうした災害も続いたことで、アテネは徐々に劣勢な状態になっていきます。

 

一方で、古代ギリシアの表舞台からは退いており、当時の覇権国アテナを敵対視するペルシア帝国は、密かにスパルタに資金援助を続けていました。これを後押しにスパルタはアテネに対して、攻撃を続けた末についにアテネを打ち破り、ギリシアの覇権を手にすることになりるのです。

 

スパルタの衰退とギリシアのその後

 

ペロポネソス戦争で長年のライバルであるアテナに勝利したスパルタですが、その後さらに繁栄を続けたかというとそうではなく、実は一気に衰退へと突き進んでいくことになるのです。スパルタといえば冒頭で紹介したように鎖国的な外交政策をとっており、軍事力では優れていたとしても、アテナのように文化・経済的に地域をまとめられる器量を持っていたわけではありません。そして、エフォロスというごく保守的な少人数による統治をしていたこともあり、要となる時に必要な決断をすることができず、徐々に覇権にも鉾転びがでてきます。長い戦争により、繁栄を極めていたギリシア文明も陰りを見せようとしていました。

 

そこに、相変わらず目をつけているのが東のペルシア帝国。今度はアテナや中堅都市国家のテーベやコリントへの関与を深めて、スパルタへの攻撃を促します。そして、スパルタの内政の混乱も相待って、ついには衰退していきます。

 

付け加えると、こうしてギリシア全土が落ちぶれる中、台頭してくるのが北のマケドニア王国。若きアレクサンダー大王が急速に力をつけ、ギリシア全土を支配下に収めて統一。そのまま、ペルシア帝国へ電光石火のごとく侵攻を進め、南はエジプト、西はインドに至までの大帝国を築き上げるのです。

 

まとめ

 

今回の記事では、古代ギリシア文明の中でも特別に個性的な存在感を持ったスパルタについて、紹介してきました。最終的には衰退する運命となるのですが、今にまで語り継がれるほどの個性を残したのはすごいことですよね。「スパルタ式=キツくて大変」という意識だけではなくて、スパルタという国が古代ギリシアの中で切磋琢磨して生きていたということもぜひセットで考えて行けたら良いですよね。

 

長年のライバルであるアテネとの戦いを遂に制したものの、スパルタの独特の文化と統治スタイルではその覇権を維持することはできなかった、という儚さを感じるのが、どこか人間らしい感じがあって、とても興味を惹きつけられます。

 

もし、少しでもこの時代に興味を持たれたら、塩野七海さんの『ギリシア人物語』をぜひ読んでみてください!史実としての歴史だけではなくて、生き生きとした登場人物の描写とともに、どうしてそのような展開になったのかということは、現代の私たちから読んでも参考になること間違いなしです。

 

 

ちょっとこの趣向を継続して、この文中でも少し触れたペルシア帝国との対決とスパルタについても、また別の記事で紹介したいと思っています!

 

それでは、また(^^)/